新作童話×水彩画「たからものはどこですか」

新作童話「たからものはどこですか」を書きました。水彩画で挿絵も描きました。

水彩画「たからものはどこですか」

「たからものはどこですか」Sumiyo@2021

新作童話「たからものはどこですか」 文 Sumiyo

みずいろの海の上を風が
走ってきます。

水族館のペンギンプールは
海とつながっていましたから、

こどもペンギンの背の高さでも
プールサイドから
海は水平線までよく見えました。

こどもペンギンは
朝から胸がどきどき
しています。

ゆうべもあまり眠れませんでした。

だって、今日は初めての
冒険にでかけるからです。

この水族館のペンギンは
おとなになる前に

いくつかの冒険にでかけるのが
決まりでした。

リュックにお菓子とおもちゃは
たっぷり入れたし、

こどもペンギン用のボードも
持ちました。

準備はきのうからすっかり
完了しています。

でも、こどもペンギンは
ひとりで海へ出たことなどなく、
緊張しています。

「できたら、にいさまペンギンも
いっしょに来てくれると
うれしいんだけどな」

だめとはわかっていても、
頼んでみました。

にいさまペンギンは
「ひとりで行くから冒険なんだよ」
と、冷たく言うだけです。

こんな風の日は水面に
「巨大な海上トンネル」が現れるそうです。

「そのトンネルの向こうにはね、
宝物がどっさりある。それを
ここへ持って帰ってほしいんだ」

「でも・・・」

こどもペンギンは
なかなか勇気がでません。
手がぷるるとふるえて
くちばしがカチカチ
鳴りました。

「ねえ、ぼく、宝物とかいらないよ」

そう言いましたがにいさまペンギンも
ほかのとしうえのペンギンたちも
誰も返事をしませんでした。

「とにかく沖まで泳いで行って、
そこでトンネルが現れるのを待つんだ」

こどもペンギンはしぶしぶ
プールから海へ出て、
ボードを押して泳ぎはじめました。

でもすぐに心細くなって
プールを振り返りましたが

ペンギンプールで、こどもペンギンを
見送るものは誰もおりませんでした。

「みんなぼくが心配じゃないのかなあ?」

沖までくると風はますます強くなって
波が少し荒くなりました。

ゴムなわみたいに
ピンと張った水平線が
上へ下へ揺れて見えます。

波音しかしない静かな海原を
少しずつ進むと

次の瞬間、
ざあと大きな音がして

水面が壁のように
立ち上がりました。

は?!

それは一瞬でみどりいろに透き通った
巨大な波のトンネルになりました。

「これかっ!」

大きくて、長い長い
波のトンネルです。

見上げるとトンネルの屋根で、
いるかがジャンプしているのが
透けて見えます。

「さあ、こどもペンギンよ、
波のトンネルをすべってすすめ!
ボードに立つんだ」

イルカがトンネルの上から
叫びました。

「だって。だってぼく・・・」
こどもペンギンは不安で
ボードにがっちり抱き着いて
激しい波に揺られているだけです。

「さあ、立てっ!ここでボードに
しがみついてたって誰もきては
くれないぞ」

もう一度イルカに言われました。

こどもペンギンを中心にして
緑色の波のトンネルは
水を出しすぎたホースのように

くねりとしなります。

こどもペンギンは
「とにかくトンネルの出口へ行って宝物を探さなきゃ」
足は震えていましたが勇気をだして
ボードに立ち上がりました。

すると

ボードはしぶきを上げて猛スピードで
走りだしました。

こどもペンギンは放り出されないよう、
足の裏に力を入れ、ふんばって
バランスを取りながら立ちました。

こどもペンギンをのせたボードは
うねるトンネルを
出口に向かってするするとすべります。

ものすごい速度です。

透明な波をボードが次々に削り取り、
真っ白なしぶきが後ろへ
飛び散りました。

なんて楽しいんだ・・・。

気づくと
足の震えも止まっていて、
気持ちが明るく弾んでいます。

ボードに慣れてきたこどもペンギンは
ときどきイルカに合わせて
ジャンプしてみました。

あっという間にトンネルの出口が
見えてきました。

まんまるく切り取られた
夏空があります。

まぶしくて青くてとてもきれいでした。

トンネルをすぽんと抜けると

風はやんで
急に静かな海に出ました。

巨大なみどりいろの
波の壁はゆっくり溶けるように
姿を崩して消えました。

「なんて素敵なトンネルだったんだろ・・・
さあて、トンネルの出口の宝物を探そう!」

ところが何もありません。

ぐるりと見渡しても
ただ海が広がっているばかりです。、

「どこにあるんだろ?」

しばらくボードを押して泳いだり、

サンゴの暮らす海底までもぐって

「たからものはどこですか」
と、尋ねてみましたが、

とうとう見つけることは
できませんでした。

おやつもたべちゃったし、
おなかもすいてきました。

夕暮れになったので宝探しはあきらめて
水族館へ帰ることにしました。

沖まで来るときは足が重くて
何時間も泳いできた気がしていましたが
帰りはあっと言う間です。

水平線が薄紫色に染まり、
金星がきらめく頃、

水族館のペンギンプールが
見えてきました。

「あ、にいさまペンギン!」

ペンギンプールのプールサイドでは
たくさんのペンギンたちが
こどもペンギンが帰ってくるのを待っていました。

「みんな、宝物を待っているんだ・・・
どうしよう・・・」

こどもペンギンは、硬くて冷たい
夜の浜辺の石ころを飲み込んだみたいに
暗い気持ちになって、
うつむいて、
ただいまと
言いました。

そして正直にペンギンたちに謝りました。

「みなさん、ぼく宝物を見つけられなかった。
ごめんなさい。一生懸命探したんだけど」

すると、にいさまペンギンは

「楽しかったかい?波のトンネルは見た?」
と聞きました。

こどもペンギンは
昼間見た風景を思い出して
ぽっと頬が熱くなりました。

「それはもう!」

波のトンネルをすべったこと、トンネルの中から
イルカを見たこと、まんまるい空が見えたこと。

「すごかったよ!きれいだったよ!」

息を吸うのを忘れてしまうほど
勢いよく話しました。

にいさまペンギンは微笑んで
「・・・それがね、宝物だよ」
と言いました。

「え?」

ほかのとしうえのペンギンたちも
やさしい笑顔になりました。

「その宝物はね、
誰の力も借りずにひとりで冒険をやり遂げた
その先にしかないんだ。

ひとりで、勇気をだして、がんばって、
そうしたらね、一生大切にできる
消えない宝物が手に入るんだ」

こどもペンギンは、はっとしました。

「飼育員さんがきのう
読んでくださった絵本の
主人公もたったひとりで冒険して
がんばって、そうしてついに
宝物を見つけたよね!」

にいさまペンギンは、
「それはね、おとなになっても
いつだって自由に取り出して
眺めたり
磨いたり
自分を励ましたり
することができる
「記憶」っていう
輝きのかたまりなのさ」
と、言いました。

こどもペンギンは
うれしくなって
きらきらと光る
宝物をそっと
心の箱にしまいました。

おわり

「たからものはどこですか」
SumiyoⒸ2021

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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